まずは、大胸筋の構造について簡単に確認しておこう。
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大胸筋について
大胸筋は大きく、大胸筋上部(鎖骨部)、大胸筋中部(胸肋部)、大胸筋下部(腹部)の3つの部位に区分して考えることができる。
そして、大胸筋上部、中部、下部のそれぞれの特徴および役割は以下のように簡単にまとめることができる。
① 大胸筋上部 筋線維が肩から胸の中央部にかけて斜め上方向に走る
- 大胸筋上部は、腕を上げる(ダンベルショルダープレスやインクラインダンベルプレスのような)動作(=肩関節の屈曲作用)に使用される。
② 大胸筋中部 筋線維が平行に走る
- 大胸筋中部は、腕を身体の外側から内側に動かす(ベンチプレスやダンベルフライのような)動作(これを水平屈曲という)に使用される。
③ 大胸筋下部 筋線維が肩から胸の中央部にかけて斜め下方向に走る
- 上げた腕を下げる動作に使用される。
このように、大胸筋の各部位によって筋線維の走る方向が違うため、ベンチプレスを行う際はベンチ角度を適切に変えることによって、大胸筋の各部位によりアイソレートしたアプローチが可能になるのである。
例えば、これまでの研究[3]により、大胸筋中部および下部を最も効率的に鍛えることのできるベンチプレスのバリエーションは、フラットベンチプレスあるいはディクラインベンチプレスであることが分かっている。
ベンチプレスが大胸筋の発達に必要な理由
大胸筋を鍛える代表種目といえば、やはりベンチプレスではないだろうか。
事実、大胸筋の発達にベンチプレスが非常に優れた種目であることを示す研究報告はこれまでにも多くなされている[1,2,3]。
大胸筋を効果的に鍛える方法についてのガイドラインを記した研究報告[3]では、ベンチプレスのような大胸筋全体を動員して行う種目は、オーバーロード(着実に負荷を増やしていけるという点から)が非常に容易であることから大胸筋の発達に非常には有効な種目であると報告されている。
それだけでなく、2014年に発表された研究報告[1]においても、ベンチプレスで扱えるウエイト重量と大胸筋の発達度(大きさ)には非常に強い相関関係があることが示されている。
つまり一般論として、
ベンチプレスが強い=大胸筋のサイズが大きい
という等式が成り立つのである(もちろん例外はあるが)。
その他にも、2012年に東京大学から発表された研究報告[2]によれば、被験者らに24週間にわたるベンチプレス強化プログラムを行わせたところ、ベンチプレスの1 RM(最大挙上重量)が向上するにつれて大胸筋の厚み(サイズ)も増大することが分かった(下図)。
ベンチプレスで大胸筋上部を効果的に鍛えるには
大胸筋全体の発達にベンチプレスが非常に効果的な種目であることが分かったところで、次は大胸筋上部を効果的に刺激するベンチ角度について考えてみよう。
ベンチプレスの角度について
大胸筋上部をターゲットとするベンチプレスのバリエーションは、インクラインベンチプレスである。
先ほど紹介したように、大胸筋上部はその筋線維の走り方により「肩関節の屈曲作用(=腕を挙げるフロントレイズ的動作)」に大きく関与している。
つまり、インクラインベンチを使用して、上体を少し起こした状態でベンチプレスの動作(つまりインクラインベンチプレス)を行えば、自然と肩関節を屈曲させながらベンチ動作を行うことになるため、結果として大胸筋上部に強い刺激を与えることができるようになるのである[5]。
容易に想像がつくように、インクラインベンチプレスのベンチ角度を徐々に増やしていくと、大胸筋上部よりも三角筋前部が高い割合で「肩関節の屈曲作用」を担うようになるため、ベンチ角度を大きくとり過ぎると三角筋前部に刺激が移行してしまうのでベンチ角度の設定には注意が必要となる(上写真はベンチ角度が90°に達し、ショルダープレスになっている)。
インクラインベンチの最適な角度は?
最近の研究報告[4]を基にすると、ベンチ角度を30°~45°に設定することで大胸筋上部への刺激が最大になることが分かっている。
インクラインベンチプレス に最適なグリップ幅は?
ベンチプレス同様、インクラインベンチプレスにおいてもグリップ幅の取り方次第で筋肉への刺激は大きく変化する。
グリップ幅を狭めると、両肘が胴体に近い状態でバーベルの挙上を行うことになるため、この作用により「肩関節の屈曲作用」が増大するのである。その結果、肩関節の屈曲作用を担う大胸筋上部への刺激が強まるのである。
しかし、グリップ幅を狭めてインクラインベンチプレスを行うと、通常のグリップ時に比べて扱えるウエイト重量が必然的に低下するため、トレーニングメニューに組み入れる際は、通常のグリップ幅で高負荷のインクラインベンチを行う日と、狭めのグリップ幅で中負荷のインクラインベンチを行う日を周期的に取り入れて刺激に変化を持たせるのが望ましい。
例 大胸筋を週に2回鍛える場合
1セッション目:通常のグリップ幅:高負荷(5~8 RM)
2セッション目:狭めのグリップ幅:中負荷(8~12 RM)
肘を張らない
インクラインベンチプレスを行う際は、上写真のように肘を張らずにワキを若干締めた状態で動作を行うようにする。
肘を張ってワキを広げた状態で動作を行うと、肩関節を痛めてしまうリスクが高くなる。
それだけでなく、肘を張った状態でバーベル挙上動作を行うと「水平屈曲作用」が増大し、大胸筋中部に刺激が逃げてしまうのため、大胸筋上部にうまく刺激が伝わらなくなってしまう。
最後に:発達した大胸筋上部を手に入れるトレーニング順序
大胸筋上部をより発達させたいという理由から、大胸筋上部にターゲットを絞ったインクラインダンベルプレスやインクラインフライといった種目からトレーニングを始めたくなる気持ちも分かるが、この順序は大きく発達した大胸筋を作る上であまり適した順序とは言えないだろう。
インクラインベンチプレスで先に大胸筋上部をアプローチをしてしまうと、その後に行うフラットベンチプレスでは大胸筋全体を動員して動作を行うので、最初に鍛えた大胸筋上部が先に疲労してしまい、大胸筋中部や下部に十分な刺激が伝わる前にベンチプレスの反復限界に達してしまう可能性が非常に高くなるのだ。
よって、大胸筋全体を効果的にアプローチするトレーニング順序としては、フラットベンチあるいはブリッジを組んでまず、(5~8 RMの高負荷で)ベンチプレスを行い、大胸筋全体の発達を促す。
そしてベンチプレスの後に、大胸筋下部あるいは上部のいずれかにアイソレートした種目、および中負荷を使用するインクラインベンチプレスを取り入れれば、大胸筋全体の発達を促しながら大胸筋上部・下部もアイソレートして鍛えることができる。
大胸筋全体を効果的に鍛えるトレーニングメニューの一例を以下で紹介するので、是非参考にしてみて下さい。
大胸筋のトレーニングメニュー例
ベンチプレス
5~8レップ×4セット(インターバル:3~5分)
インクラインダンベルプレス
8~12レップ×3セット(インターバル:2~3分)
ケーブルクロスオーバー
12~15レップ×4セット(インターバル:1~2分)
インクラインベンチプレス 4つのポイント
これまでに紹介したインクラインベンチプレスを正しく行うための4つのポイントを簡潔にまとめると以下のようになる。
- ベンチ角度は30°~45°
- 狭めのグリップ幅も取り入れる
- 肘を張らない
- 大胸筋全体の発達を優先してトレーニングメニューを組む
ベンチプレスを行う際のブリッジの組み方については以下の記事を参考にして下さい。
参考文献
[1] Akagi R,et al (2014) Relationship of pectoralis major muscle size with bench press and bench throw performances
[2] Riki Ogasawara,et al (2012) Time course for arm and chest muscle thickness changes following bench press training
[3] Junior. V,et al (2007) Comparison among the EMG activity of the pectoralis major, anterior deltoidis and triceps brachii during the bench press and peck deck exercises
[4] JAKOB D,et al (2016) Influence of bench angle on upper extremity muscular activation during bench press exercise
[5] Trebs. AA,et al (2010) An electromyography analysis of 3 muscles surrounding the shoulder joint during the performance of a chest press exercise at several angles
[6] Barnett C,et al (1995) Effects of variations of the bench press exercise on the EMG activity of five shoulder muscles